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今回もダメでした
今回も赤ちゃんは私のところにやって来てくれませんでした。
リセットする前日は「蒼空の日」だったのに、体温が下がってきた基礎体温表を見ながら、明日にはきっと生理になってしまうんだ・・・とそんなことばかり考えていました。

ごめんね、今日は月に一度蒼空のことを想う日なのに、次の赤ちゃんのことばかり考えて。。。

今回はリセットしてもあまりがっかりしないように、布ナプキンのことを調べたり手作りしたりしていたけど、やっぱりそんなものではあまり効果はありませんでした。
初日はものすごくがっかりして、半日何も手が付けられませんでした。
でも2日、3日と過ぎるうちに、今日はどれを使おうか布なぷを選んだり、使用感を元に改良を加えて新しいものを手作りして・・・と楽しめるようになりました。
今となっては、やっぱり布なぷを使ってみてよかったのかな、と思います。

来月は排卵日付近に主人が1週間出張なので、気楽に過ごそうと思います。
少し休憩しないと、次の赤ちゃんのことばかり考えて頭がおかしくなりそうです。
最近の私は、布なぷ作りとベビーグッズの手作り依存症みたいになってきています。
布なぷのことを一日中ネットで調べたり、ベビーグッズの本を買って作りたいものがたくさん
あったり。。。
そういうことをしていないと落ち着けない自分がいて、元々凝り出したら止まらない性格だけど、
それにしても最近の私は少しおかしいかな。。。

リセットして一息ついて、気持ちを新たに、他に楽しいことも見付けながら過ごせたらいいな、
と思います。
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【 2007/03/22 01:06 】

| 赤ちゃんが来るまで | コメント(0) | トラックバック(0) |
世界最小の赤ちゃんのニュース
約3週間前、昨年10月24日にアメリカで世界最小の赤ちゃんが生まれ、退院予定というニュースがありました。
名前はアミリアちゃん、身長は24cm、体重は280g、21週6日で生まれました。
そのニュースは誕生から4ヵ月後、体重1800gで退院するというものでしたが、退院は見送られたそうです。

人工死産を選んだのには、人によっていろいろな理由があります。
中でも、私のように赤ちゃんに重篤な異常があったわけではなく、母体側に原因(前期破水など)があった場合は、その多くの方たちが今回のニュースを知って苦しんでいらっしゃいます。
それは、「22週」という数字。
もしも破水した時が22週を越えていたなら、早産になっても赤ちゃんに延命措置をしてもらえる。
でも22週未満だから、22週未満で生まれた赤ちゃんは助かる可能性が低いから、その理由で延命してもらえない。
では、今回の21週6日で生まれた赤ちゃんはどうなるのでしょう。。。
もし22週を越えていれば赤ちゃんは助かっていたかもしれない、そう思ってご自分を責められている方が多くいらっしゃいます。

私の思いも複雑です。
アメリカでの人工死産のリミットは23週。(もしかしたら州によって違うのかもしれません。詳しいことは分かりません。)
日本との1週の差は何なんでしょう。。。
アメリカの方がリミットが長いにも関わらず、アミリアちゃんは21週6日の早産で生かせてもらいました。
それは、なぜなのでしょう。。。
日本では、22週未満に子宮の中で赤ちゃんが亡くなったり、育たなくなって妊娠を中断することを流産、22週以降37週未満のお産を早産と言います。
ではアミリアちゃんの場合は、何でしょう。
アメリカでは呼び方や週数が違うのかもしれませんが、流産を防いで早産で出産した、ということ
なのでしょうか。。。
やはり流産という言葉があるように、日本では22週未満では生まれた赤ちゃんを助けてはくれないようです。
だから人工死産も22週というところにラインが引かれているのでしょう。
でも、こうして助かっている赤ちゃんがいる。
いくつもの幸運が重なり、奇跡的にアミリアちゃんが助かったことは分かっているけれど、国が違い週数が少し違うだけで(他にもいろんな要因があるけれど)助かる命と助からない命がいる。。。
そう思うと苦しいです。

私は蒼空を人工死産すると決めておきながら、もし万が一生まれたときに生きていたら生かせてもらえるのか、延命してもらえるのか、医師に質問しました。
でも答えはNoで、「手術ではなく出産という形をとっても、生まれる前(後?)に心臓に針を刺す」と
言われ、とてもショックを受けました。
と同時に人工死産とはこういうことで、それを決断した以上はどうやっても助けてはもらえないんだ
ということが分かり、愕然としました。
予定日まで待って出産しても生きられない、生きていてもきっと蒼空が苦しい思いをする、
だから人工死産する、と決めておきながら、もしも人工死産という形で出産しても生きているのなら助けてほしい、そう思ったのです。
私の勝手なわがままで、考えが矛盾しています。
でも、そう思ったのです。

だから、余計にアミリアちゃんは21週6日という週数で生まれ、生かせてもらえたのか、複雑な思いでいっぱいです。
アミリアちゃんが生まれたのはキリスト教系の病院なので、人工死産や中絶手術はしない方針
なのだと思います。
では、違う病院だったら助けてもらえなかったのか。。。
そんなのでいいんでしょうか。。。
もしかしたらその病院なら助けてもらえるかもしれない、とお母さんが選んだのかもしれませんが。

もし・・・だったら、もし・・・じゃなかったら、と言ってもきりがないのでこれくらいでやめておきます。

このニュースを知った時、主人に私の気持ちを話しました。
私も自分の気持ちを整理できていなくて、うまく伝わらなかったと思いますが、主人にはこう言われました。
「このアミリアちゃんや他にも小さく生まれて助かった赤ちゃんもいるけど、その子たちが今も健康に生きているとは限らない。
もしかしたら病気の子もいるかもしれないし、亡くなった子もいるかもしれない。
だから、今は生まれて助けてもらって、ということだけに目が行くけれど、それだけではないんだよ」
そう言われて、現実に戻った気がします。
そうだ、私も蒼空が生まれても苦しい思いをして、短い命を終える、そんなかわいそうな人生を送るなら・・・とお別れを決意したんだった。
生きてさえくれればいいという問題でもないんだ。
その後背負うものの重さをきちんと考えなくては。。。
いろんな思いで混乱していた私の頭を冷やしてくれたような気がしました。

やっぱり、赤ちゃんを健康に産んであげたい。
そのためには、少しでも長くお腹の中で育ててあげることが大切なんだということが
よく分かりました。

【 2007/03/18 04:44 】

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ショックが大きい。。。
知人の妊娠報告で落ち込んでいた私に、追い討ちを掛けるようなショックなことが。。。
それは、友人のブログに書き込んだコメントへの返事でした。

日記の内容は、働いている養護学校の生徒さん(3年生)が亡くなったというもので、
健康でいられること、話せること、歩けること、それが奇跡だなと思います。
普通に生きていられることが 本当に幸せなことです。
一日を大切に生きなくてはいけませんね・・・

と書かれていました。

彼女は大学時代に当時の彼氏が突然亡くなったり、昨年は未婚で妊娠・流産して、辛く悲しい
想いもしてきました。
だからそんな風に思えるんだな、私もその気持ちはすごくよく分かる、と思ってコメントしました。

悲しい出来事だったね。
でも人の死は悲しいだけじゃなくて、教えてくれるものが本当にたくさんあると思う。
「健康でいられること、話せること、歩けること、それが奇跡」・・・私も本当にそう思うよ。
だからそのことに感謝して、毎日を一生懸命生きないといけないなって思います。


返事はこうでした。
私は罪のない子の死に何の意味があるんだ!と思う。
私は大学時代のあの日以来、神様なんか信じてないし、未だにメリットなんか何一つなかった
と思っているから、まだまだ乗り越えなきゃいけない壁はいっぱいあるよ。


罪のない子の死に意味はないと言われ、人の死にメリットという言葉を使うなんて。。。
正直、友人の言葉としては受け止めたくなかったです。
気持ちに寄り添いたくて、そう思って書いたのに。。。
なんか押し付けがましかったのかな。。。

彼女が流産した時、ブログには相手の人と結婚できるか分からないし、中絶も考えていたから
流産してしまって、少し良かったかなという想いもある・・・みたいなことも書かれていたことに
疑問を感じたこともあります。
その当時は私はまだ妊娠していなかったけれど、「流産してしまって良かった」という言葉は
とてもショックでした。
もしかしたら彼女もそう思わないとやっていけないというくらい辛くて、無理に自分でそう思おうと
していたのかもしれません。
でも私がいくら考えたところで、彼女の言葉の真意は分かりません。

そして、蒼空とお別れしたことを報告した手紙に対する彼女からの返事には、自分が流産した時は
彼は側にいてくれなかったし、大学時代の辛い経験も乗り越えられていないから、あなたの方が
優しい旦那さんがいてくれてまだいい・・・みたいなことが書かれていました。
その手紙を読んだ時も相当ショックでした。

だから余計にこの日記を読んだ時は、彼女もやっと「死の意味」というか、そこから教わることもあることを分かってくれたんだなと思ってうれしかったのです。
それなのに。。。

流産したときのブログの内容、蒼空の手紙の返事の話を他の友人に話したら、「私なら縁を切る」と言われました。
でも、私は彼女のことをずっと親友だと思ってきたのです。
縁を切るなんてことはできません。
そう思っていたけれど、今日ばかりはショックが大き過ぎました。
歩み寄ろうとしても、近づけないこともあることがよく分かりました。
縁を切るなんてことはやっぱりできないけれど、少し距離を置こうかなと思います。
これ以上悲しい想いはしたくないです。
【 2007/03/13 03:33 】

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手作り布ナプキン?
前回の記事を書いて気持ちは落ち着いたと思っていたのに、昨日は落ち込んでしまいました。
段々現実的にショックが大きくなっていったみたいです。。。
妊娠報告の話を聞いたときは、妊娠されたことや報告そのものは悪いことではないけれど、
一番に主人に報告してきたことに腹が立ちました。
でも一夜明けて朝になると、妊娠されたこと自体がうらやましくなっていました。
なぜその人は2人も子どもがいて3人目を妊娠できるのに、私には一人もいなくてまだ赤ちゃんは
来てくれないなんだろう・・・と。

でも一日中落ち込んでいるのも辛いので、何か楽しいことをしようと思い立って、また布ナプキンを
作りました。

前回作った羽根つきライナーをおりものシートとして使ってみました。
感想は、ちょっと分厚かったかな。。。
でも羽があるのは固定されて良かったので、今回は薄めの羽つきライナーを作ってみました。

c2.jpg

前回のライナーはワッフルとコットンの間にもう1枚ワッフルが入っているので3枚構造で、
中表で袋縫いをして表に返し、補強のためにまわりにステッチをかけました。
でも、おりものシートとしては分厚い!
参考にしたサイトをよく見てみると、それは布ナプの作り方で、軽い日用のライナーは縫い代なしで裁断した布を外表のままかがるだけ・・・と書いてありました。
よく読んでなかった。。。

ということで、今回はガーゼ1枚とコットン1枚の2枚構造、外表のまま縫って周囲をブランケットステッチでかがりました。
形も少し変えて、軽い日用のケミナプ(使い捨てナプキン)のようにしてみました。
金魚柄のガーゼは100均で購入した、表はガーゼで裏はパイル(タオル地)のハンカチです。
コットンは家にあったもので、金魚柄に合わせて和風柄にしてみました。

早速使ってみての感想は・・・薄くて良い!
ガーゼの肌触りも良いし、形も変えて正解でした。
ただ、前回はミシンで今回は手縫いなので、ガーゼの方はほつれが心配です。
洗濯にどれだけ耐えてくれるか。。。

手作りされている方はこうやって試行錯誤を繰り返して、自分に合った布ナプを作って
いくのだろうなぁと思いました。

布ナプ作り、最近のマイブームになりつつあります♪
【 2007/03/12 01:06 】

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知人の妊娠報告を聞いて・・・
主人の同僚(Aさん)の奥さんが3人目の赤ちゃんを妊娠されました。
そのことを知ったのは、ついさっき。。。
他の同僚の方3人を我が家に招待して、みんなで夕食を食べていた時でした。

一人の人がそのことを話し出しました。
実は主人も知っていて、1ヶ月くらい前にNさんから報告されたのですが、私には内緒にしていた
ようです。
1ヶ月前の時点ではまだ病院にも行っておらず、妊娠検査薬で陽性になった段階で、
しかも他の同僚に知らせる前に主人に一番に報告してきたそうです。
この話を聞いて、「少し無神経じゃないかな」と思ってしまいました。
人のことをあまり悪く思いたくないけど、蒼空のことを知っている人が、主人の気持ちも考えずに
報告してくるのはやっぱり心穏やかにはなれません。
最初にそのことを話してきた人も無神経とは言わないけれど、赤ちゃんの話は全く話題になって
いなかったのに、突然その話を出さなくてもいいのに、と思ってしまいました。

主人は少し酔っていて、何度も「『なんで俺に真っ先に報告するんですか』ってAさんに言ったんだ」と怒っていました。
「『何があるか分からないから、そういうことは7?8ヶ月になってから言った方がいいですよ』って
言っちゃった」とも言っていました。
そういう言い方は、蒼空や次に授かる子が何となくかわいそうであまり好きではないですが、
自分の気持ちをみんなの前であまり話す人ではないので、よほど嫌な思いをしたんだと思います。
そんな嫌な思いを私に言わずに一人で抱えて、辛かったんじゃないかな。。。
私のことを想って内緒にしてくれたことに感謝して、主人の辛かった気持ちを受け止めてあげたい
です。

今回の話を聞いて、「2人の赤ちゃんを特に問題もなく無事に出産されてもう3人目・・・」
「簡単に授かって簡単に無事に出産できていいな・・・」と正直思ってしまいました。
(私が知らないだけで、実際はいろいろあったのかもしれませんが)
でも反面、意外と冷静な自分もいました。
「人は人、私は私だから、比べても仕方がない」「私は言われた人の気持ちを考えられる人になろう」と思う自分がいました。
少しは私も成長したのかな、と思います。
そして、主人とお互いのことを想い合い、いたわり合えるようになったことを蒼空に感謝したいです。

ありがとう、蒼空。

【 2007/03/10 16:43 】

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手作り布ナプキン
蒼空とのお別れを書くという作業、日記を見て思い出し、文章にするという作業が辛くなってきた
ので、少し休憩します。
やっぱり一気に書くというのは私には無理なようで・・・。
時間がかかりそうです。

今日は布ナプキンのお話です。
先日、友人と一緒に布ナプキンを手作りしました。
というのも、以前その友人と布ナプキンの話をしていて興味があったのと、最近読んだ雑誌に
作り方が載っていたので、一緒に作ろうということになったのです。

布ナプキンを手作りされている方は結構いらっしゃるのですね。
検索すると、いろいろなサイトが見付かりました。
で、とあるサイトに載せられていた作り方を参考に作ってみました。

b3.jpg


裏はこう
a3.jpg


今回は軽い日とおりもの用に作ってみました。
妊娠してもこれなら使えるかなぁと思って。
左の3枚は羽つきライナーで、右の2枚は羽なしライナーです。
表は着なくなった服で、裏は使わないハンカチと家にある布で作りました。
素材は全てコットン100%で、羽の部分にスナップボタンを付けています。

作る作業は楽しかったので、今後もいろいろ作りたいと思います。
多い日用の布ナプも作ろうかな。
また作ったら、写真をUPしようと思います。

これでもしリセットになっても、少し楽しみかな・・・。
リセットしてがっかりする気持ちを少しでも減らせて、焦らないようにするために、布ナプを
手作りすることは効果のあることなのではないかな、と思います。
布を選んだり作ったりする楽しみ、またどの布ナプを使うか選んだり使用感を試す楽しみが
あるので・・・。
赤ちゃんを授かりたいと思っていて、ハンドメイドが好きな方にはお勧めしたいです。

【 2007/03/09 09:31 】

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蒼空とお別れするまで?病気が分かって?
8月10日 21w4d
6ヶ月の健診は「性別が分かるね、どっちかなぁ」と楽しみにしながら主人と二人で行きました。
でも、性別どころの話ではなくなってしまいました。

健診は、エコー専門の技師さんにまず診てもらいました。
そしてあまり説明もないまま淡々とした様子で、「では先生に診てもらいましょう」と言われ、
ロビーで待たされました。
その間、先生はどこかに電話をしていて、私たちは30分近く何の説明もないまま待たされました。
アメリカでは待たされることはよくあることなので、「早くしてほしいなぁ」くらいにしか思っていなくて、主人と二人でイライラしていました。
そして、やっと先生に呼ばれて蒼空のことについて話がありました。
技師さんが撮ったエコーの写真を見ながら、「頭の大きさが測れない」「恐らく頭の発達に問題が
あるでしょう」と言われました。
そして、「詳しくエコーをしてくれる病院に予約を入れたので今から行って下さい」と言われました。
待たされている間先生が電話していたのは、その病院だったことがその時分かりました。
紹介された病院までの車中では、まだ事の重大さに気付いていなくて、「赤ちゃんが動きすぎて
頭の大きさが測れないだけかも」「でも、もしかしたら障害がある子が生まれるのかも」と
思っていました。
まさか、生きることさえできないなんて、少しも思っていませんでした。

紹介された病院でエコーをしてもらいました。
先生から「脳に深刻な問題があるので、生まれても生きることはできないでしょう」
「頭蓋骨に穴が開いていて、そこから脳の組織が出ているので、正常な脳ではありません」
と言われました。
あまりのショックに言葉が出ませんでした。
一生懸命英語の説明を理解しようとしていて、涙も出ませんでした。
生きられる可能性はないのか尋ねると、「もし生きられたとしても短命で、精神にも肉体にも重度の障害が残る」と言われましたが、先生の口調から可能性はとても低いことが分かりました。
そして、二つの選択肢があることを聞きました。
予定日まで待つか、今出産するか・・・。
私の中では「今出産する」という選択肢はなくて、というか人工死産というもの自体を知らなかった
ので、とてもショックを受けました。
でも、「そっか、普通には産めないんだ、赤ちゃんは死んじゃうんだ・・・」と冷静に思いました。

先生に障害の程度、具体的にはどういう障害があるのか、など質問をしても、
「生きられる可能性は低い、もし生きられても歩くことも話すこともできない」と言われました。
何を質問しても、いつも"severe problem"(深刻な問題)と言われました。
その口調は淡々として冷たくて、本当に悲しかったです。
そして、その口調から暗に「今出産すること」を勧められているような気がしました。

私は冷静にいろいろなことを考えていました。
 予定日に産んでも死んでしまう
 もし生きていても管だらけにされて、きっと病院から出ることなく死んでしまうんだろう
 そんな人生で赤ちゃんは幸せなのだろうか
 そこまでして赤ちゃんは生きたいのだろうか
 でも今は元気に動いているのにね、生きているのにね
 私が赤ちゃんの命を絶ってしまってもいいのだろうか
と赤ちゃんのことを想いながらも、
 今回は諦めよう
 もし生きていても、管だらけでやっと生きている赤ちゃんを見ていく自信がない
 生まれてから死を看取るのはあまりにも悲しくて、辛過ぎる
 それなら今悲しむ方がましなのかな
 早く次の赤ちゃんが欲しい
 予定日まで待っていたら、次の赤ちゃんを授かるのに時間がかかる 
なんて自分勝手なことも考えていました。
まだお腹に赤ちゃんがいるのに、次の赤ちゃんが早く欲しいだなんて、本当に最低だと思います。
ごめんね、蒼空、最低なママで・・・。

その後、日本人の通訳を呼んでくれて、別室で先生と看護士さんから説明がありました。
もう一度赤ちゃんの病気の説明を日本語で聞いて、赤ちゃんの病気が確実なものになりました。
日本人の通訳さんは優しいおばあさんで、私のために泣いてくれました。
私はこんな辛い通訳をさせてしまって申し訳なく思ったのと、泣いてもいいんだと思って、
初めて涙が出ました。
看護士さんも優しくて「泣いてもいいよ、辛いよね」と言ってくれました。
そして何度も"I'm sorry."と言いました。
私は最初謝られているのかと思って、看護士さんが悪いわけではないので"no"と答えていましたが、後で「かわいそうに」という意味で言ったのだと気付きました。
救われたのは優しい看護士さん、通訳さんと、「出産」という言葉でした。
「人工死産」「中絶」「諦める」などという言葉ではなく、「出産」(英語で"deliver")という言葉が
使われたので、赤ちゃんが人として扱われている気がしてうれしかったです。
でも、反対に先生が何度も言った"severe problem"という言葉、先生の口調は
頭に焼き付いて、忘れることはできません。

長い一日でした。
この時の健診は、主人が出張の予定だったので一人で行くつもりでした。
でも、急遽出張の予定が変更になったので一緒に行くことができました。
今思えば、主人が付き添ってくれて本当によかったです。
主人がいなかったら、一人で英語も分からず、病院を紹介されても行けたかどうか分からないし、
何より一人で状況を理解し受け止めることができたかどうか・・・。
蒼空がパパを出張に行かせなかったのかな・・・。

今まで自分勝手で最低なことを考えている自分を認めたくなくて、その気持ちは誰にも言わず、
文章にもせず、ずっと心の中に留めていました。
でも、自分の中にある嫌な部分も認めないと前に進めないような気がして、今日初めて本当の自分の気持ちを文章にしました。
読んでくださった方、ありがとうございました。
【 2007/03/08 00:35 】

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蒼空とお別れするまで?幸せだった日々?
2006年4月 妊娠検査薬陽性

待ち望んだ赤ちゃんが私のお腹にやって来てくれて、初めての妊娠に不安や戸惑いがあるものの、毎日幸せな日々を過ごしていました。
初めての妊娠、しかもアメリカで知らないことだらけでしたが、幸いにも仲の良い2人の友人が出産
していた病院があったので、その病院に通うことに決めました。

7w6d
初めて病院(日本人の先生)でエコーをしてもらい、心拍を確認できて喜び、同時に私の中に
新しい命がいるんだなぁと不思議な気持ちになりました。

病院に行ってから3日後、病院から血液検査の結果の電話があって、黄体ホルモンの数値が
ボーダーだけど、生理痛のような痛みがないか聞かれました。
痛みはなかったのでそう答えましたが、ボーダーの意味がよく分からず不安になりました。

9w2d
少し出血したので不安になって、病院に電話。
黄体ホルモンの膣錠を処方して、郵送で送ってもらいました。

9w4d
やっぱり出血が気になったので、アメリカのクリニックで診てもらいました。
私が通ったクリニックはエコーは週に一度しかしてくれず、その他の曜日は総合病院に行かないと
いけません。
偶然にもその日はエコーをしてくれる日だったので、9週にも関わらずお腹の上からエコーして
くれました。
私はよく分からなかったけど、先生には小さな赤ちゃんが見えて、心拍も正常で、一安心しました。
出血の原因は分からなかったけど、初期にはよくあることだからと言われました。

9w6d
日本人の先生の病院で2回目のエコー。
元気に動く赤ちゃんを見て、感動しました。
手足を動かして、あいさつしているみたいでした。
先生から「へその緒の血管がちゃんと3本あるね。2本だと障害があるんだけどね。」
と言われました。
健康な赤ちゃんなんだ、と思っていました。

10w?12w
少出血はあったりなかったりでしたが、膣錠を続けていました。
でもそれ以外はつわりもほとんどなく、順調でした。

13w?15w
便秘のせいで腹痛に悩まされていました。
妊婦健診は、いつも尿検査とドップラー聴診器で心拍確認のみ。
それだけで順調と言われていました。

16w?18w
相変わらずの便秘と加えて腰痛も始まりました。
なんとなくお腹が張るような感じも・・・。
でも特に問題はなく、コンサートに行ったり、ラスベガスに旅行に行ったりと妊婦生活を楽しんで
いました。

19w?21w
19wに入って初めて「胎動?」と疑わしきものが・・・。
最初はよく分からなかったけど、2日3日経って、やっぱり胎動だ!と分かるようになりました。
初めてお腹に赤ちゃんがいるんだと実感できて、本当に感動しました。
胎動を感じる度に赤ちゃんに話しかけていました。
妊婦友だちとベビー服やグッズを見に行ったり、赤ちゃんのことを話したりして、楽しい日々を
過ごしていました。

ここまでが、蒼空が元気に生まれてくると疑いもせず思っていた、幸せだった日々です。

【 2007/03/03 06:52 】

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