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まだまだ動揺
赤ちゃんがまたやって来てくれたというのに、まだまだ他の人の妊娠報告には動揺します。

職場で同期だった友人が妊娠しているのは知っていたけど、5月に出産という日記を見て、ちゃんと育っているんだなぁ、きっと無事に生まれてくるって疑いもせずに思っているんだなぁ、と思ってしまう。。。

最近2人目ができたという高校の友人の日記には「まだまだ2人目は先のことだと思っていた」と書かれていて、でも赤ちゃんができたってことはできてもいいと思ってそうしたからでしょ?と思ったり。。。

主人が「同僚が最近時々いなくなるから、奥さんが妊娠して病院に連れて行ってるんじゃないか?」と言っていて、ついさっき本人(奥さん)からメールで「妊娠しています」って書いてあって、また動揺。。。
奥さんが体調を崩してて、旦那さんが昨日会社を休んだって主人から聞いて心配していたら、メールが届いて「腎盂炎で一日入院していました。普通は薬を飲みながら自宅で安静だけど、実は妊娠していて短期集中で一日入院していました」と。。。
膀胱炎になりやすい体質らしく、今回も体調が悪くても水分補給してれば大丈夫と思っていたら、悪化して腎盂炎になったから、自分の軽率な行動に本当に反省。。。というようなことが書いてあって、悪いけど本当に少し軽率かなと思ってしまいました。
赤ちゃんがいる身で、しかも自分の体質を知っているなら気をつけるのは当然のことだと思います。

その友人は私が蒼空とお別れしたことをメールで報告した時に、「赤ちゃんはきっと何かを教えにやって来てくれたんだと思う。私も赤ちゃんが無事に生まれてくることに感謝することを忘れてしまっていたから、思い出せてよかった」と返事が来て、涙が出たのを覚えています。
蒼空が存在したことに意味があったこと、そして大切なことが伝わったことがとてもうれしかったから。。。
彼女は妊娠9ヶ月の時の健診で羊水が少なくなっているから今から出産した方がいいと言われ、1ヶ月の早産で2100gの赤ちゃんを出産しました。
自分の早産の経験と蒼空のことから命の大切さ、尊さを誰よりも感じていると思っていました。
なのに。。。

彼女が赤ちゃんのことを大切に思っていないとは言いません。
でも、もう少し自分の体や赤ちゃんのことを考えてほしいんです。
大切に大切にお腹の中で育てて、元気に産んであげて欲しい、それだけなんです。。。

そして私も赤ちゃんを健康で元気な体で産んであげたい、それだけなんです。。。
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【 2007/04/28 04:44 】

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思うままに行動したいのに・・・
先週、お世話になっているコミュニティに書き込みをしました。
以下が書き込んだ内容です。



みなさんは赤ちゃんのことを周りの人にどのように報告していますか?
私は昨年8月に第一子を人工死産しました。
そのことは、少数の私の友人にはメールで報告し、赤ちゃんが脳の病気だったことも話しています。

最近、赤ちゃんを亡くしてしまったことは知っているけれど、詳しいことを知らない友人に、病気のことなどを話そうか迷っています。
その友人には赤ちゃんとお別れする1週間前に会っており、次の健診で性別が分かることを楽しみにしてくれていたので、きちんと報告した方がいいのかな、と思っています。
ただ、迷っているのは、その友人にはなかなか赤ちゃんができないからです。
私の知っている限りでは治療をしているわけではないと思うのですが、悩んでいるのではないかと思うんです。

でも、私は赤ちゃんのことを隠している気がしてそれが嫌で、最近やっと話したいと思えるようになったんです。
そのことを主人に相談すると、話さない方がいいと言われました。
やっぱり赤ちゃんが欲しくてもなかなかできない人に、余計な不安を与えるようなことはしない方がいいし、6ヶ月経っているので今さら急に報告されると相手も困るのではないかと。。。
主人の言っていることはよく分かるので、私の話したい気持ちと相手を困らせてはいけないという気持ちで、混乱してしまってとても苦しいです。
昨日の夜はその話を主人としていて、泣いて過呼吸のようになってしまいました。
話したいと思うのは私のわがままなんでしょうか。。。

最近主人の同僚の奥さんが妊娠されて、その同僚は私たちの赤ちゃんのことを知っているのにも関わらず、他の人によりも先に主人に一番に話してきたそうです。
それも産婦人科にまだ行っていない時期に。
妊娠されたことはいつかは耳に入ることだと思います。
でも、一番に報告しなくてもいいと思うんです。
そういうことがあったので、私は相手の気持ちを考えられる人になろう、と思っていました。
でも。。。
なぜ幸せな人が辛い人に気を使わずに話ができて、辛い人が気を使って話せなくて余計に苦しい思いをしないといけないのでしょうか。
人は人だから比べても仕方ないと思いますが、私は初めて不公平だと思いました。

主人は赤ちゃんのことを話すことで、私がその友人との関係が壊れてしまうのではないか、ということも心配しています。
だから、今相手のことを思って話さずに自分が苦しむ方がいいのか、今私のわがままで話してすっきりしてでも後から話さない方がよかったと後悔する方がいいのか。。。
そんなことばかり考えています。

ただ話すか話さないか、それだけのことのなのに苦しいです。




この書き込みに対して、コメントをしてくださったり、直接メッセージをくださった方がいて、私は励まされ、自分の気持ちに従っていいんだと思いました。
まだその人には報告していませんが、メールで話そうと思い、どのように文章を綴ろうか考えていました。
でも、やっぱり話さない方がいいのか・・・また悩んでいます。

私が書き込みをした後、数少ない相談できる友人に、報告するか悩んでいること、妊娠された人のことを話しました。
友人は私の話を一生懸命聞いてくれました。
そのことを主人に話すと、私が相談した友人が妊娠しているかもしれない、と言われました。
主人が推測しているだけなので、本当かどうかは分かりません。
でももしそうだとしたら、友人は私が他の人の妊娠された話を聞いて悲しい思いをしたことを聞いて、言えなくなったのかもしれません。
その友人に相談しなければよかった。。。
友人には一人お子さんがいるのですが、前に二人目はまだいいと言っていたので、私は何も考えずに話してしまいました。

私は自分の気持ちを話せる場所はないんでしょうか。。。
この人はこうだから話せない、あの人はああだから話せない、そういうことを考え出すときりがなくて、結局誰にも話せなくなってしまいます。
誰にも気を使わず、自分の素直な気持ち、正直な気持ちを話せる場所がほしい。。。

もう主人にも誰と何の話をしたとか、自分の気持ちとか話したくなくなりました。
元はと言えば、友人に報告することも今回の友人に話したことも、主人に話さなければ私がこんなに悩まなくて済んだのです。
主人はいつも私に優しくしてくれて、一生懸命支えようとしてくれているのはよく分かります。
元々人にすごく気を使う人だということも分かっています。
でも、今は人のことを考える余裕は私にはあまりありません。
と言っても、私も人のことをまったく考えてないわけではないと思っています。

自分に素直に、思うままに行動してはいけないんでしょうか。。。
もう人のことを考えて自分が苦しむのは疲れました。。。
【 2007/04/03 03:51 】

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世界最小の赤ちゃんのニュース
約3週間前、昨年10月24日にアメリカで世界最小の赤ちゃんが生まれ、退院予定というニュースがありました。
名前はアミリアちゃん、身長は24cm、体重は280g、21週6日で生まれました。
そのニュースは誕生から4ヵ月後、体重1800gで退院するというものでしたが、退院は見送られたそうです。

人工死産を選んだのには、人によっていろいろな理由があります。
中でも、私のように赤ちゃんに重篤な異常があったわけではなく、母体側に原因(前期破水など)があった場合は、その多くの方たちが今回のニュースを知って苦しんでいらっしゃいます。
それは、「22週」という数字。
もしも破水した時が22週を越えていたなら、早産になっても赤ちゃんに延命措置をしてもらえる。
でも22週未満だから、22週未満で生まれた赤ちゃんは助かる可能性が低いから、その理由で延命してもらえない。
では、今回の21週6日で生まれた赤ちゃんはどうなるのでしょう。。。
もし22週を越えていれば赤ちゃんは助かっていたかもしれない、そう思ってご自分を責められている方が多くいらっしゃいます。

私の思いも複雑です。
アメリカでの人工死産のリミットは23週。(もしかしたら州によって違うのかもしれません。詳しいことは分かりません。)
日本との1週の差は何なんでしょう。。。
アメリカの方がリミットが長いにも関わらず、アミリアちゃんは21週6日の早産で生かせてもらいました。
それは、なぜなのでしょう。。。
日本では、22週未満に子宮の中で赤ちゃんが亡くなったり、育たなくなって妊娠を中断することを流産、22週以降37週未満のお産を早産と言います。
ではアミリアちゃんの場合は、何でしょう。
アメリカでは呼び方や週数が違うのかもしれませんが、流産を防いで早産で出産した、ということ
なのでしょうか。。。
やはり流産という言葉があるように、日本では22週未満では生まれた赤ちゃんを助けてはくれないようです。
だから人工死産も22週というところにラインが引かれているのでしょう。
でも、こうして助かっている赤ちゃんがいる。
いくつもの幸運が重なり、奇跡的にアミリアちゃんが助かったことは分かっているけれど、国が違い週数が少し違うだけで(他にもいろんな要因があるけれど)助かる命と助からない命がいる。。。
そう思うと苦しいです。

私は蒼空を人工死産すると決めておきながら、もし万が一生まれたときに生きていたら生かせてもらえるのか、延命してもらえるのか、医師に質問しました。
でも答えはNoで、「手術ではなく出産という形をとっても、生まれる前(後?)に心臓に針を刺す」と
言われ、とてもショックを受けました。
と同時に人工死産とはこういうことで、それを決断した以上はどうやっても助けてはもらえないんだ
ということが分かり、愕然としました。
予定日まで待って出産しても生きられない、生きていてもきっと蒼空が苦しい思いをする、
だから人工死産する、と決めておきながら、もしも人工死産という形で出産しても生きているのなら助けてほしい、そう思ったのです。
私の勝手なわがままで、考えが矛盾しています。
でも、そう思ったのです。

だから、余計にアミリアちゃんは21週6日という週数で生まれ、生かせてもらえたのか、複雑な思いでいっぱいです。
アミリアちゃんが生まれたのはキリスト教系の病院なので、人工死産や中絶手術はしない方針
なのだと思います。
では、違う病院だったら助けてもらえなかったのか。。。
そんなのでいいんでしょうか。。。
もしかしたらその病院なら助けてもらえるかもしれない、とお母さんが選んだのかもしれませんが。

もし・・・だったら、もし・・・じゃなかったら、と言ってもきりがないのでこれくらいでやめておきます。

このニュースを知った時、主人に私の気持ちを話しました。
私も自分の気持ちを整理できていなくて、うまく伝わらなかったと思いますが、主人にはこう言われました。
「このアミリアちゃんや他にも小さく生まれて助かった赤ちゃんもいるけど、その子たちが今も健康に生きているとは限らない。
もしかしたら病気の子もいるかもしれないし、亡くなった子もいるかもしれない。
だから、今は生まれて助けてもらって、ということだけに目が行くけれど、それだけではないんだよ」
そう言われて、現実に戻った気がします。
そうだ、私も蒼空が生まれても苦しい思いをして、短い命を終える、そんなかわいそうな人生を送るなら・・・とお別れを決意したんだった。
生きてさえくれればいいという問題でもないんだ。
その後背負うものの重さをきちんと考えなくては。。。
いろんな思いで混乱していた私の頭を冷やしてくれたような気がしました。

やっぱり、赤ちゃんを健康に産んであげたい。
そのためには、少しでも長くお腹の中で育ててあげることが大切なんだということが
よく分かりました。

【 2007/03/18 04:44 】

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ショックが大きい。。。
知人の妊娠報告で落ち込んでいた私に、追い討ちを掛けるようなショックなことが。。。
それは、友人のブログに書き込んだコメントへの返事でした。

日記の内容は、働いている養護学校の生徒さん(3年生)が亡くなったというもので、
健康でいられること、話せること、歩けること、それが奇跡だなと思います。
普通に生きていられることが 本当に幸せなことです。
一日を大切に生きなくてはいけませんね・・・

と書かれていました。

彼女は大学時代に当時の彼氏が突然亡くなったり、昨年は未婚で妊娠・流産して、辛く悲しい
想いもしてきました。
だからそんな風に思えるんだな、私もその気持ちはすごくよく分かる、と思ってコメントしました。

悲しい出来事だったね。
でも人の死は悲しいだけじゃなくて、教えてくれるものが本当にたくさんあると思う。
「健康でいられること、話せること、歩けること、それが奇跡」・・・私も本当にそう思うよ。
だからそのことに感謝して、毎日を一生懸命生きないといけないなって思います。


返事はこうでした。
私は罪のない子の死に何の意味があるんだ!と思う。
私は大学時代のあの日以来、神様なんか信じてないし、未だにメリットなんか何一つなかった
と思っているから、まだまだ乗り越えなきゃいけない壁はいっぱいあるよ。


罪のない子の死に意味はないと言われ、人の死にメリットという言葉を使うなんて。。。
正直、友人の言葉としては受け止めたくなかったです。
気持ちに寄り添いたくて、そう思って書いたのに。。。
なんか押し付けがましかったのかな。。。

彼女が流産した時、ブログには相手の人と結婚できるか分からないし、中絶も考えていたから
流産してしまって、少し良かったかなという想いもある・・・みたいなことも書かれていたことに
疑問を感じたこともあります。
その当時は私はまだ妊娠していなかったけれど、「流産してしまって良かった」という言葉は
とてもショックでした。
もしかしたら彼女もそう思わないとやっていけないというくらい辛くて、無理に自分でそう思おうと
していたのかもしれません。
でも私がいくら考えたところで、彼女の言葉の真意は分かりません。

そして、蒼空とお別れしたことを報告した手紙に対する彼女からの返事には、自分が流産した時は
彼は側にいてくれなかったし、大学時代の辛い経験も乗り越えられていないから、あなたの方が
優しい旦那さんがいてくれてまだいい・・・みたいなことが書かれていました。
その手紙を読んだ時も相当ショックでした。

だから余計にこの日記を読んだ時は、彼女もやっと「死の意味」というか、そこから教わることもあることを分かってくれたんだなと思ってうれしかったのです。
それなのに。。。

流産したときのブログの内容、蒼空の手紙の返事の話を他の友人に話したら、「私なら縁を切る」と言われました。
でも、私は彼女のことをずっと親友だと思ってきたのです。
縁を切るなんてことはできません。
そう思っていたけれど、今日ばかりはショックが大き過ぎました。
歩み寄ろうとしても、近づけないこともあることがよく分かりました。
縁を切るなんてことはやっぱりできないけれど、少し距離を置こうかなと思います。
これ以上悲しい想いはしたくないです。
【 2007/03/13 03:33 】

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知人の妊娠報告を聞いて・・・
主人の同僚(Aさん)の奥さんが3人目の赤ちゃんを妊娠されました。
そのことを知ったのは、ついさっき。。。
他の同僚の方3人を我が家に招待して、みんなで夕食を食べていた時でした。

一人の人がそのことを話し出しました。
実は主人も知っていて、1ヶ月くらい前にNさんから報告されたのですが、私には内緒にしていた
ようです。
1ヶ月前の時点ではまだ病院にも行っておらず、妊娠検査薬で陽性になった段階で、
しかも他の同僚に知らせる前に主人に一番に報告してきたそうです。
この話を聞いて、「少し無神経じゃないかな」と思ってしまいました。
人のことをあまり悪く思いたくないけど、蒼空のことを知っている人が、主人の気持ちも考えずに
報告してくるのはやっぱり心穏やかにはなれません。
最初にそのことを話してきた人も無神経とは言わないけれど、赤ちゃんの話は全く話題になって
いなかったのに、突然その話を出さなくてもいいのに、と思ってしまいました。

主人は少し酔っていて、何度も「『なんで俺に真っ先に報告するんですか』ってAさんに言ったんだ」と怒っていました。
「『何があるか分からないから、そういうことは7?8ヶ月になってから言った方がいいですよ』って
言っちゃった」とも言っていました。
そういう言い方は、蒼空や次に授かる子が何となくかわいそうであまり好きではないですが、
自分の気持ちをみんなの前であまり話す人ではないので、よほど嫌な思いをしたんだと思います。
そんな嫌な思いを私に言わずに一人で抱えて、辛かったんじゃないかな。。。
私のことを想って内緒にしてくれたことに感謝して、主人の辛かった気持ちを受け止めてあげたい
です。

今回の話を聞いて、「2人の赤ちゃんを特に問題もなく無事に出産されてもう3人目・・・」
「簡単に授かって簡単に無事に出産できていいな・・・」と正直思ってしまいました。
(私が知らないだけで、実際はいろいろあったのかもしれませんが)
でも反面、意外と冷静な自分もいました。
「人は人、私は私だから、比べても仕方がない」「私は言われた人の気持ちを考えられる人になろう」と思う自分がいました。
少しは私も成長したのかな、と思います。
そして、主人とお互いのことを想い合い、いたわり合えるようになったことを蒼空に感謝したいです。

ありがとう、蒼空。

【 2007/03/10 16:43 】

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